なぜ服が好きになったのか | 好きが変わると基準も変わる話

ESSAY
yamada

〈若作りでも、おっさんでもない。
大人がちょうどよく洒落るための服と暮らし〉

服は、誰かになるためではなく
今の自分を少し好きになるためのものだと思います。

このブログでは、

・服
・革靴
・時計
・旅
・暮らし

を通して、

〈大人が自分らしい基準を育てるための考え方〉

を書いています。

Instagramにてフォロワー24,000人越え
服を通じて〈大人がちょうどよく洒落る着こなし〉を紹介しています。

yamadaをフォローする

服は見ることも
着ることも
知ることも

好きなわけですが、

いつから
何をきっかけに服を好きになったか

そのルーツを辿って
今にどう至ったのか

を書いてみました。

「他人の正解を追いかけること」から
「自分の正解を作ること」へ

24年間の服との付き合いは、
そんな変化の繰り返しだったように思います。

これは、そんな一人の人間の
服の好きが変わっていった話。

⚫︎始まりはストリートファッション

服に興味を持ち始めたのは、高校1年の16の時でした。

今から考えると24年前

まさに青い春

お金はなかったが楽しかった時期でもある。

ここで服が好きになったことが
後々の人生に影響していくとは
思いもよりませんでしたが、

ここで好きになったからこそ
今の自分が形成されていると思うと
なんだか感慨深い気もします。

世は裏原宿
ストリートファッションの全盛期
ファッションのお手本は、窪塚洋介

はい、IWGP世代です。

最初はスニーカーに興味を持ちました。

高校はブレザーで私服を着る機会なんて
滅多になかったことも大きかったと思います。

最初に手にしたのは、
〈NIKEのミッドカットのブルー〉

今思えばなんでミッドなんだ
しかもブルー

って感じですが

ローテクよりもハイテク
なんだかかっこいいじゃないですか

ほんとこの時期って目先のかっこよさに惹かれて

使いやすさとか着回しとか全部度外視して
色々失敗したような気がします。

若いから似合う、似合わせられる
その全盛期であり典型的な例

パンツは腰履き
走れないぐらい腰履き
tシャツはでかければでかいだけいい

そんなことを繰り返してましたね。

こう振り返るとブランドで
モノを見ていた時代でもあります。

HECTIC、MASTERPIECE、BAL

有名人が着ていたモデルを買う
並んでまで買う

わざわざ

〈服を着るというよりブランドを着る

このブランドのこの型を着ている。

かっこよかった時代
そしてそれでもよかった。

バイト代を全部突っ込んで
ヒーヒー言いながら

服を、バンドを、生活を楽しんでいました。

あの頃はブランドが好き。
というより

ブランドを着てる自分が好き。

という自己陶酔にも似たような
感覚があったと思います。

⚫︎専門学校でモード系を知る

18で高校を卒業して服飾の専門学校に入学

入学した理由は、
高校時代に服が好きになって
好きで好きでしょうがない。

からではなく

願書を出せば入学できて
そこそこ興味のある分野だった。

それだけ。

人生設計というのはどこまでも曖昧で
直情的に突き進んでいくことができたのは
ある意味すごいなと思えます。

それを許してくれた親には感謝しかないです。

専門学校にはいろんな人がいました。
同じくストリートファッションが好きな人
古着でもアメカジ、ユーロ系
ギャル男っぽいやつからB-BOY
スウェットでしか来ない人

中でもモード系を
バリバリに着こなす先輩が格好良かった。
ヨウジヤマモトとかコムデギャルソンとか

サイズに気を配らず
色んな色を感覚で着る
自分と比較して

黒一色
・意図したサイズ選び

なにより身近な年上のかたの
服に対しての想いに
かっこよさを感じたんだと思います。

個人的にモードにハマった。というわけではなく

モードのかっこよさを通して

〈服を意図して着る。〉

ということを知り

それからサイズ選びや色の選択などに
気を使うようになったわけです。

ここでは、

〈服は感覚で着るものではなく
その服が選ばれる意図があることに気づきました。〉

⚫︎革靴との出会い

専門学校を卒業後、
これといった就職活動もせずに
行き着いたのは某お店の紳士靴売場

そう、アルバイトである。
世の中なめてますよね。

専門学校に行って行き着いた先がアルバイト。
ただこのアルバイトが
なぜか回り回って人生の中心になるのだから
人生ってわからないものです。

元々スニーカーが好きで
紳士靴売場と聞いて
革靴という頭もなく

スニーカー好きだから大丈夫でしょ!

というノリと勢いで
全く知識もない革靴の世界に飛び込んで行きました。

仕事としては、靴を売る。

当たり前だ。

ここは紳士靴売場だから。
入るまでに入店研修なるものがありましたが
ものの見事に寝坊して研修時間と同時に着く失態。

そんなこんなで始まった紳士靴を売る仕事。

アルバイトとはいえ
自分で話しかけて商品の魅力を伝え
お客様に購入いただく。
購入いただくということは、
魅力が伝わったということ。

だと思うので
やはり達成感があり楽しかった。

仕事着はスーツ。
スーツなんて入学式で着た以来で
量販店の吊るしを2つ着回して
サイズも合っていないような靴。

親父からもらったネクタイ
謎の色ステッチが入ったシャツ。

今、考えても笑っちゃうような
チグハグな組み合わせ。

服は好きだったけど
この領域は全くの未知で
変だということにも気づけてなかったと思います。

じゃあ何があって変わっていったのか?

理由というかきっかけ3つあって

・トラッド兄さん
・紳士、靴を選ぶ
・アルマスの革靴

の3つです。

〈トラッド兄さん〉

服の意識を一段上げてくれた存在です。
スーツやジャケットの
かっこよさを体現していた人。

この人との出会いなくして
今の自分には行きつかない。

トラッド兄さんとは?

その名の通りトラッド体現した仕事の先輩
トゥモローランドのジャケットに
インコテックス、イタリアインポートのネクタイ
足元は手入れの行き届いた革靴

決して華美ではないが、
誰よりも洗練されていた。

ただめちゃくちゃ気分屋で
1ヶ月口をきかなかったり
書類を破られて捨てられたり

と謎の側面も持っていましたが

わたしはあんまり気にしてなかったので
大したダメージはありませんでした。

この人には、
使わなくなったネクタイや服を
色々もらいましてそれを使いながら
トラッド。というものを学んでいきました。

ネクタイが変わればシャツが気になり
シャツが変わればジャケットが気になり

1つのアイテムがきっかけで
他のアイテムの歪さに気づく。

その歪さの理由を調べていくと
気づきが学びに変わる。

スーツの丈は適正か?
シャツの襟はどうなっているか?
ネクタイの結び方は?

気になる場所を直していくと
着こなしがアップデートされていく
そんな感覚がありました。

アルバイトのみで生計を立てながら
服も買って
中々の貧乏生活でしたが、
仕事を覚えていく楽しさ
服や靴への意識の変革

多分金銭的には辛かった気もしますが、
楽しさが勝っていた。

〈紳士、靴を選ぶ〉

これは本のタイトルです。

紳士靴 を選ぶのではなく

〈紳士 靴を選ぶ

あくまで選ぶのは紳士
紳士が靴を選ぶわけです。

この本は、
靴好きの先輩が
[革靴の世界に入るならこれを読むべし。]
とおすすめしてくれた本です。

持ってるなら貸してくれればいいのに。
と思いながら
活字を読むのがきらいな私は、
渋々三省堂書店でこの本を買いました。

一言で言うと

革靴のデザインや革のことを
歴史的な背景を含め記載してある本。

これが結構面白くて
わたしは服も靴も背景のあるもの、
それが見えるものに興味があるんだなと
気づかされました。

活字ぎらいのわたしが
3回は読み直したぐらい
革靴に関して勉強になった一冊。

多分、今読んでもそこまでの感動はない。
あの時の無知ゆえに
色々吸収できることが楽しかったんだと思います。

これを読んで
その学んだ蘊蓄を
ふらっときたおっさんに接客で語る。

そして靴が売れる。

これが楽しかった。

〈アルマスという靴〉

革靴の魅力に気づかされた靴
イタリア製の革靴ブランドですが
無名も無名だと思います。

世に出ている有名靴ではないですが、
この一足を履いていなければ

今のわたしは、
JMウエストンも、オールデンも
履いていなかったかもしれない。

売場に立っていたある日
以前に購入したお客様が
一足の靴を持ってきた

手にはアルマスの靴
黒を購入したが、
履いていたら左右の色が違ってきた。

と言う

実際に靴を見てみると片方だけ黒ではなく
赤みがかった茶色になっている

一度預かり調べてみることになったのですが

実はこの靴

赤茶の上に黒を乗っけており
それが真っ黒じゃない
奥行きのある色合いを醸し出していたわけですが
イタリアの適当さが出たのか
どうやら色止めが全くされておらず
黒が抜けてベースの色が出てきているのである。

お客様には靴を磨き
申し訳程度に色を乗っけ
仕様を説明してご理解をいただいた。

一方でわたしは、
言ってしまえば
粗悪品の部類に入るその変化を

面白い。

と思ってしまったのである。

黒が赤茶に変わっていくその様を
自分の目で体感したいと思い
このブランドの靴を購入して履きました。

靴を磨きながら履き
色落ちを楽しみながら育てる
これは服にはない楽しみかた。

革靴の魅力にどっぷり浸かった瞬間でもあった。

革靴は履くだけのツールではなく
自分と一緒に育っていくものである。

⚫︎イタリアファッション全盛期

トラッドを学び、革靴に興味を持った
20代中頃から30代にかけて
ある意味1番長いこと付き合ってきた
イタリアファッション

クラシコなんて言葉が飛び交っていた時代。

わたしのファッションは
紆余曲折を経てその中心に位置していた。

革靴に興味を持ち
ジャケットにパンツにネクタイに
仕事で着るただのスーツも
自分の意図したものに変化していきました。

よくピッティの画像を漁って
この着こなしかっこいいな

とか

こういう合わせかたもあるんだ。
と勉強したものです。

その中でも
この人のスタイリングがめちゃくちゃ好きで

ワントーンのかっこよさ
そして潔さ
でもチェックのネクタイを選ぶ遊び心もある

アルベルト・スカッチョーニ氏

ブランドは見てもわからない
でもサイジングと生地の質感で

あ、これは只者ではないな。

と思わせる雰囲気。

まさに目指すべき姿が見つかった瞬間でもありました。

「誰かに憧れて、その正解を追いかけていた時代」

イタリアブランドを着こなす
イケてる人たちに右に倣えで
ラルディーニ、ボリオリ
インコテックスにGTA

このあたりをよく好んで着てましたが

組み合わせとしては、
ネイビーのジャケットにネイビーのスラックス
ブルーのシャツを着てネイビーのネクタイをする。

これが基本のスタイルとなって
今も消えずに継承されている。

ブランドというよりも
・生地の質感
・サイジングやシルエット

ここをとても大事にしてました。

今、思えば
憧れのスタイルにかなり固執してますよね。笑

それぐらいこれが

〈正解〉

なんだと思ってやまなかった時期です。

ただここで形成された
基準、ルール
が根強く息づいていて

今の服を選ぶ基準にも
繋がっているのは言うまでもないです。

誰かに憧れて
その背中を追いかけていた時代でもある30代

服はちゃんと好きだったのに、

どこか「自分の服」ではない感覚。

そんな時に出会ったのが、日本のブランドだった。

⚫︎ジャパンブランドへの興味

時代は流れて2020年
流行り病が話題の中心で
色々なことが制限され
自由を楽しむことができなくなっていた時期に

インスタグラムに出会いました。

何もやることがないし
ただ何もしないでいるのは、ちょっと違う。

そんな葛藤の中
インスタグラムを眺めながら出会ったのが、

NEATでした。

最初の印象は、
なんだこのタックが入ったパンツは?
です。

今までは
・ノータック
・テーパードシルエット
・丈も短く細み

というところから

いきなり飛び込んできた真反対の存在
ただ目が離せなかった。

かっこいいと思ってしまった。

色々調べていくと
パンツ専業ブランドということがわかり
tシャツにスニーカーでも
パンツがちゃんとしていれば
なんとかなる。

そういう気概のあるブランド

パンツ一本で世間と勝負してやろう。
というそのかっこよさに惹かれた。

ぱっと見なんの変哲もないパンツなのに
・計算されたシルエット
・厳選された素材選び
・作る人のバックボーン

様々な要素かけ合わさって
このブランドの魅力へと繋がっている

パンツが変われば
やはり他のアイテムの替わり目にもなってくるわけで

このパンツ専業ブランドに
合わせるアイテムを探す旅が始まります。

・COMOLIを知る

パンツはいいものが見つかり
次に探したのはシャツ
例に漏れずインスタグラムサーフィン

そこで出会ったのが、

コモリのベタシャンでした。

COMOLI 〈ベタシャン〉

言ってませんでしたが、
わたしはデニムシャツとか
シャンブレーシャツがめちゃくちゃ好きです。

イタリア時代にも幾度となく買っては、
色落ちをして買い替えてを繰り返してました。

あんなにコスパのわるいシャツも中々ないですが
無性に好きで
あの色落ちをするという煩わしさすら
好きでしたね。

そんな昔話はさておき
今まで好きだった素材と
今気になっているサイズ感が出会う

そんな素敵なアイテムを
見つけた時のテンションの上がりっぷりは

今までの服人生の中でも
そうはない出来事だったと思います。

そしてコモリのコンセプトでもある

「全ての洋服の原型は、
ある目的の為に作られた物である。」

をベースに

「日本の気候、日本人の体型に合う、上質な日常着」
を掲げたブランド。

もうダメ押しですよね

素材とシルエットとその背景
買わないわけがない。

実物が届いて着てみるとやはり、いい。

コモリの纏う空気感
見た目はただのシャンブレーシャツ
でも計算されたシルエットから来る

自然でかつそれでいて
どこか他とは違う雰囲気。

なんとも形容し難いもので
文字に書き起こすのが難しい

でもいい。

それがコモリとの出会い。

・MAATEEを知る

今では半分はマーティーというぐらい
わたしの服の大部分を占めているマーティー

出会いはNEATのオーダー会に行ったときに
店員さんが着ていたマーティーのシャツ

かっこいいなーと思ってたら

NEATの西野さんが

『それマーティー?
 いいよねマーティー』

みたいな会話をしてて
盗み聞きしたことから知りました。

それからどんなブランドかなと思い
調べてみると

生地に対する異常なまでのこだわり。
生地の奥の奥にある色に
糸一本一本の織りに
ステッチの一つ一つに

誰も扱えないような生地を使うだけではなく

普遍的な生地も使い絶妙な風合いを見出す。

デザイナーの変態具合に惚れたブランド。笑

詳しくはマーティーのインスタを
見ていただければわかりますが、
服の変態です。

ただの変態ブランドではないのは
その背景には、〈服や生地の歴史〉
その人の理想とする基準があり

それを体現しているから。
なんだと思う。

そんな魅力に惹かれたわけですが

そんなマーティーでも買い物の失敗はあって

名作 永遠スラックスがいい例です。

MAATEEの名作〈永遠スラックス〉

これは発売すれば即完売争奪戦になる。
そんなアイテムなんですが
基本的にはグレーが多いんですよね。

普段グレーを全く履かないのですが
名作ならいつも履かないグレーだって
かっこよくて履くはず。

なんて安易な気持ちで買いましたが、
まあ履かなかった。

履こうかなって思っても
結局直前で違うものに手が伸びる。

履いたとしてもなんか違うなー
って気持ちが頭をよぎる。

結局何回も履かないうちに手放す結果に。

世間的には名作・代表作
でも自分には当てはまらない

名作=自分にも合う

ではない

結局は自らの基準に合うかが大事で
このブランドだからいいとか
名作・代表作だから
必ずしもいいということではないわけです。

もちろん名作たる理由があって
客観的に見たらかっこいい。

ただそれが自分に合う。
とは違う

あと一つわかったこと
わたしとグレーは基本的に合わない。
もちろん着てるグレーもありますが

基本的には仲がわるい

一方で
・ライトブルーのシャツ
・千鳥格子のブラウンシャツ
・エクリュのようなイエローシャツ
など

生地へのこだわりから来る
・色のコントラスト
・デザインパターンの使いかた

新しい扉を開いたように思います。

そして生地がいいと
本当に着心地がいい

着るという感覚に新しい発見があったのも
このブランドで知ったことだと思います。

マーティーを知って、生地を見る目が少し変わった。

色もそう。

今までなら選ばなかった色にも
興味を持つようになりました。

そして何より、

「名作だから買う」のではなく、
「自分に合うから買う」という

当たり前のことを身をもって知ったわけです。

服には世間的な評価がある。
でも、それと自分にとっての評価は別であって
これは今の自分の服選びにも
かなり大きく影響していると思う。

●古着の魅力を見つける

ジャパンブランドに魅力に取り憑かれて
次に向かったのは古着

古着といってもユーロ系

たぶんこれは
今着ているものの大半のルーツが
ヨーロッパで生まれていて
それにブランドという解釈を混ぜたものを
好き好んで着ていることから

今度はそのルーツになりうる部分に
興味を持ったんだと思います。

最初に出会ったのは〈バーバリーのコート〉

ライセンスではない本物のバーバリー

素材はカシミヤ100で
オーセンティックなバルマカーンコート
年代はおそらく70年代

状態もよくとても50年前とは思えない出立

普遍的なものは時を経過しても
古くならない
そして50年前の服を着るロマン

わたしが生まれる前に生まれ様々な人の手に渡り
愛着を持って使われていたであろう状態の綺麗さに

ロマンを感じずにはいられない。

一方で古着には
デッドストックというものもある
これは逆に作られてから
死蔵されてきたものたち

これはこれで自分が着ることで
永い年月を経過して
ついに役割を果たすために
日の目を浴びるわけだから

それはそれでノスタルジーを感じるわけです。

自分がその役割の一端を担う。
なんだか面白いですよね。

ただ

「古いことそのものではなく、
今でも着たいと思えることに価値を感じる」

これが古着の魅力だと思います。

それからシャツやらスラックスやら
色々と手を出していきますが1番悩んだのは、

〈時計〉

正直なところ時計にそこまで興味はない。
時間がわかればいい

ただアップルウォッチでないしデジタル時計でもない

時間がわかればいいとはいいながらも
わたしのファッションと合わないものは違うわけで

40という節目の年に
なにかを買おう。
と思い38歳ぐらいから探し始めることに

最初は現行品でいいんじゃないかなと思いました。
ロレックス、オメガ、タグホイヤー、GS
探せば名品たる時計はいっぱいある

ただここで引っかかったのは、

マーティーの教訓
名品が自分に合うとは限らない。

そもそも時計に大枚を叩く気がないのに
節目だから買う。
はある意味脳筋すぎる考え方なのである。

そしてメタルバンドが苦手。

苦手というより
わたしの服装には合わない。

・レザーのバンドがいい。
・文字盤はシンプルなのがいい。
・アナログがいい。
・クォーツよりは機械式が
・ケースは小ぶりなのが
・ゴールドではなくシルバーが
・日付の表示はないほうがいい

興味ないくせに色々条件がある。笑

色々思案して行き着いたのが

〈ヴィンテージウォッチ〉

元からこの構想はあった。

40の時の生まれ年の時計を買う。
〈1986年製〉

そんなことを考えていたこともありましたが
これはすぐ取りやめました。

いいなと思ったものをそのルールで選択肢から
外すのはもったいなかったし

よくよく考えたら

そういうことにはあまり興味関心が
なかったことに気づいたからである。

そんなこんなで色々探して見つけたのが

オメガのコンステレーション
50年ぐらい前のやつ

OMEGAの時計とその仲間たち

条件に見合う時計

結局オメガかい

ってなりそうですがオメガです。

ただオメガだから買った。
ではなく
結果オメガだった。

というだけ。

この違いはここまで読んでいただけた方には
説明不要かと思います。

ベルトが好きじゃなかったので
コードバンのベルトを購入して変えました。
オールデンのコードバンと
合わせて使ったときの高揚感。

自分にしか伝わらない
そんな自己満足が楽しい。

古着のアイテムは本当にピンからキリまであって
自らの目と基準が試される。
サイズも色も
素材も歴史も
自分の中にある着る基準がしっかりしていないと
たちまちチグハグなことが起きる。

でもわたしはこの24年を通して
作り上げてきた自らの価値基準があるので
迷うことはない。

⚫︎今に至る

こうしてみると人との出会いが
服の認識における特異点になっていて

誰かと出会い

自分の基準がアップデートされていった。

「人との出会いが、自分の美意識を育ててきた。」

トラッド兄さん、靴好きの先輩、インスタ越しに見た
作り手や着こなし。

これを書いていて

自分の気持ちや考え方への変化にちゃんと理由があって
どうやってそうなったかを言語化しながら振り返るのは記憶を追体験するような感覚で中々楽しかったです。

24年間、好きなブランドも、
服装も何度も変わりました。

でも変わらなかったのは、

「服を通して自分らしさを探していた」

ということ。
だったように思います。

外側に正解を求めた20-30代から
自分の正解を探す、今なお続く40代へ

今の私は、若作りでも、おっさんでもない。
背伸びをするのでも、流行を追うのでもなく
自分で選んだ服を、自分らしく着ることを
楽しんでいる。

きっと50代には50代の
60代には60代の
それぞれの楽しみ方があって
日々変化していくものだと思います。

タイトルとURLをコピーしました